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麻原彰晃の子供・アーチャリーまとめ [子供]


今回は麻原彰晃の子供・アーチャリーについてまとめていこうと思います。


こここ.jpg


1983年生まれで麻原彰晃の三女。


教団での地位は麻原彰晃に次ぐ正大師でした。


彼女がのような人生を送ってきて、
親が麻原彰晃というだけでどれだけの差別、いじめを受け、
そのような気持ちで過ごしてきたのかはこちらの記事でまとめています。

オウム真理教の子供の現在


今回は上記の記事では書けていないアーチャリーさんの現在、過去、考え方などをまとめていこうと思います。


まず、三女のアーチャリーさんは当事者しか知らないこと、
麻原の娘である彼女しか知らないことをブログで生々しく告白しておられます。


まず、東京拘置所による麻原彰晃(松本智津夫)に関する報告がウソだらけだと主張しています。


三女のアーチャリーさんによると、鑑定書にはウソの報告ばかりだと。


鑑定書には食事をこぼさずに食べたとありますが、
麻原はもともと目が見えないので食事はこぼしていて、胸にバスタオルを巻いて食事していたそうです。


ご飯を一粒残さず食べるなんてできるわけがないそうです。


拘置所の報告は嘘だと主張しています。



次に、小学校の時から父が非難されるのを聞いてきて、悲しかったと述べられています。


世間のイメージと実物との差があまりにもあり、別人のような気がしていたと。


そして、自分とアーチャリーも別人であったと。


そして、両親が逮捕された後、彼女は法学校、中学校には通えませんでした。


入学には1カ月の観察期間が必要で結局、小学校3年時から通信教育をしていたそうです。


さらに、ひどすぎる話があります。


彼女がアルバイトでテレホンオペレーターをやっていた時、
時給がようやく上がりそうだというときに、
社長さんから「アーチャリーに似ている人がいる」と電話が入り、 それでクビになったそうです。


昔は将来の夢もあったが、こういう境遇もあって流されればいいかなと思うようになったそうです。


自分が「○○になりたい」と語るとその業界の人が警戒するのが目に見えているからいつもそこで終わってしまうのだと。


本当に悲しすぎますね…


こんな差別がいまだに残っているのですね。


しかし、そんなオウム真理教の被害者であることは間違いないと思える三女のアーチャリーですが、
彼女への疑惑も浮上しています。


現在、生き残っているオウム真理教の主流派「アレフ」の実質的な幹部に彼女が当たるとみて公安調査庁が調査しているのです。


これはつい2か月前の2014年11月のことです。


彼女が要件に入れば麻原死刑囚の子供としては初となります。


アレフは麻原死刑囚を絶対的帰依の対象としていて、
反社会的体制を維持しています。


ひかりの輪も「脱麻原」をアピールはしていますが、
麻原死刑囚の修業を特徴づける儀式を実施していますし、麻原隠しが行われているといわれています。


三女は自らとアレフとのかかわりを否定しています。


そして、最近では父親との面会は拒否されているそうです。


彼女に予想としては、
父親の状態がひどいから面会をさせられないのだろうと。


関連記事はこちら

麻原彰晃と石井久子の子供

麻原彰晃 子供の画像・写真

麻原彰晃 子供 石井久子 [子供]


麻原彰晃と石井久子の間に生まれた子供について気になる方が多いようですね。


というわけで、今回は麻原彰晃 子供 石井久子という記事をまとめていこうと思います。


まずは、オウム真理教の謎の曲のyoutube動画を紹介しておきます。

オウム真理教 秘密のダーキニー オウムヒット曲?



オウム真理教の教祖・麻原彰晃(松本智津夫)死刑囚には12人の子供がいます。


妻である松本知子との間に6人の子供が生まれています。


彼らに関しては今までの記事で話していますので、
今回は石井久子との子供に関することをまとめていこうと思います。


麻原の子供がどんな経験、差別、批判を受け、どんな人生を生きてきたのか、現在どうしているのか?などをまとめた記事はこちら

オウム真理教 子供 現在


それでは本題に入っていきます。


まず、石井久子は元オウム真理教の幹部です。


オウム真理教一の美人だといわれています。


麻原と石井久子画像

いしい.jpg


いし.PNG


短大を卒業後に保険会社に就職し、その会社の同僚だった飯田エリ子に誘われ、
オウム真理教の前身である「オウム神仙の会」に入会しました。


これがオウムとの最初の接触ですね。


その後、会社を辞めて出家し、正大師となりました。


1990年の第39回衆議院議員総選挙には真理党から東京都第3区から立候補したが落選しています。


省庁制を採用した後は、大蔵省大臣となっています。


1995年に一連のオウム真理教事件の発覚、
それに関係した犯人隠避などで起訴され懲役4年の実刑判決を受けた事がきっかけで、教団を離脱しました。


そして、麻原と彼女の子供ですが、
92年2月に流産、93年12月に双子、さらに、95年3月に1人のあわせて3人がいます。


この3人が麻原との子供であることは秘密にされていました。


その理由は、単純です。


オウム真理教の教義では性欲の禁戒というモノがあり、
出家後は性的欲望は断たなくていけないことになっていたのです。


それが原因かもしれませんが、
元幹部で死刑囚の井上嘉浩なども裁判で、童貞であることを誇りに思っている発言をしています。

オウム真理教 死刑囚 井上嘉浩


「私も性欲の破戒をしたことがあります。今でも童貞ではあるんですけど」
これは、有名な発言ですねw


話を戻します。


上記の理由もあるし、麻原には妻がいるので世間的には不倫ということにもなります。


オウム真理教の内部では麻原が触れる行為はすべて儀式と言われていて、
性交渉も同じであるといわれていましたが、これでは教団の他の人間を納得させることはできないので、
隠されていたというわけです。


2000年11月には石井久子は和歌山刑務所から出所しています。


その時の記者会見では「3人のこどもと一緒に静かに暮らしたい」と話しています。


その後、一時精神を病み、現在は訪問介護の仕事をしながらマンションで父親と二人暮らしをしているとのことです。


ここから推測されていることは、
石井久子は麻原との親権を放棄して養護施設に入所されていると考えられています。


また、何かわかり次第、記事にしますね。


関連記事はこちら

麻原彰晃 子供の画像・写真

麻原彰晃 子供の画像・写真 [子供]


麻原彰晃の子供の画像、写真が見たい方が多いようですね。


というわけで、今回は麻原彰晃 子供 画像・写真という記事をまとめていこうと思います。


まずは、麻原彰晃の子供について紹介しておきます。


麻原には12人の子供がいます。


12人の子供を持つ死刑囚なんてとても稀ですね。


妻である松本知子の子供はそのうちの6人です。


オウム真理教幹部である石井久子との間に3人。


同じく信者の木田裕貴子との間に1人。


そして、母親がわかっていない子供が2人です。


まずは、妻である松本知子の子供の6人の紹介をしておきます。


長女は1978年生まれでホーリーネームはドゥルガー。


教団での地位は正悟師で省庁制の際には流通監視省大臣でした。


次女は1981年(昭和56年)生まれでホーリーネームはカーリー。


三女は1983年生まれで、教団での地位は麻原に次ぐ正大師でホーリーネームはアーチャリー。


省庁制の際には法皇官房長官でした。


長男は1992年(平成4年)生まれで、教団から皇子の称号を与えられました。


1996年6月には教団の教祖となっています。


オウム真理教の教祖・麻原彰晃(松本智津夫)の長男の紹介から彼の大学ついてまとめた記事はこちら

オウム真理教・松本智津夫(麻原彰晃)の長男の大学はどこ!?


次男は1994年生まれ。


2006年(平成18年)に春日部共栄中学校に合格したものの、「麻原の息子」だという理由で入学を拒否をされています。


麻原の子供は被害者であるという声も多いですよね。


子供は親を選べませんから。


さて、それでは本題の子供の画像ですが、この一枚しか見つかりませんね。


四女.jpg


四女のインタビュー時の写真です。


4女といえば、「私はなぜ麻原彰晃の娘に生まれてしまったのか」~地下鉄サリン事件から15年目の告白~の著者です。


4女の「私はなぜ麻原彰晃の娘に生まれてしまったのか」を元にした彼女の悲痛な叫びをまとめた記事はこちら

オウム真理教 4女


オウム真理教の教祖・麻原彰晃(松本智津夫)の子供達がどのような人生を歩み、どのような経験をしてきたのか?そして、現在どのように過ごしているのか?
これらをまとめた記事はこちら

オウム真理教 子供 現在

オウム真理教 三女 大学 [子供]


オウム真理教・麻原彰晃(松本 智津夫)の三女が通っていた大学について知りたい方が多いようですね。


というわけで、今回はオウム真理教 三女 大学という記事をまとめていこうと思います。


まずは、軽く彼女の紹介をしていきます。


1983年生まれ、教団内での地位は高く麻原彰晃に次ぐ正大師でホーリーネームはアーチャリー。


それでは、彼女の通っていた大学は文教大学です。


しかし、これについては問題がありました。


2004年、文教大学は彼女の入学を一度は認たのですが、そのあとに入学不許可にしていたのです。


三女は東京地裁に訴えを起こし、この訴えを認め、文教大学は再度入学を認めたのです。


11歳にしてオウム真理教の最高幹部であった三女。


ある意味、入学拒否は仕方のないことかもしれないのですが、
麻原彰晃の子供として生まれ、父親が正しいと刷り込まれて育ってしまっては、 オウムの幹部になることは致し方ないことだと思いますし、 そんな環境で育てば誰だってそうなっているのではないでしょうか?


子供は親を選べない典型例だと思います。


個人的にはそんな環境で生まれた彼女に同情します。


しかし、最近になって三女に疑惑の目が向けられています。


現在、オウム真理教は「アレフ」と「ひかりの輪」に分かれています。


詳しいオウム真理教の現在の活動状況はこちらの記事にまとめています。

オウム真理教 現在 名前


三女がその教団主流派の「アレフ」の実質的な幹部に当たると公安調査庁はみているのです。


これは2014年11月7日のことです。


三女自身のブログでは、教団とは一切関係ないと記載しており、アレフは取材には応じていません。


そして、ひかりの輪は「当団体には麻原の教義に従う者はいない」と言っています。


また、三女は「アレフ」の幹部枝と認定されたことを不当として、
認定の取り消しと国に1千万円の損害賠償を求める訴訟を東京地裁に起こしています。


これは2014年12月9日のことです。


彼女のブログ記事の内容はこちら

「11月8日付け産経新聞および12月2日付け産経新聞などで、「麻原死刑囚三女は『現職役員』」といった報道がなされましたが、わたしは絶対に「現職役員」などではありません。

今後、誤りを正すために、法的手段を含めた方策をとっていきます。

以上、ご報告いたします。」


(引用)


どちらかがウソをついているとしか考えられないですよね。


三女の画像は探しましたが、見つかりませんでした。


どうやら麻原の子供たちの中では最も女王様タイプで、
かなりやることなすこと無茶苦茶というオウマー(オウム真理教マニア)の声があります。


オウム真理教の顧問弁護士だった青山吉伸氏についてまとめた記事はこちら

オウム真理教 弁護士 青山吉伸


オウム真理教・4女の松本聡子さんの壮絶な人生、受けてきた差別、いじめ、著作された本についてまとめた記事はこちら

オウム真理教 4女


麻原の長男の現在、大学についてまとめた記事はこちら

オウム真理教・松本智津夫(麻原彰晃)の長男の大学はどこ!?


オウム真理教の現在の名前と活動状況をまとめた記事はこちら

オウム真理教 現在 名前 


麻原彰晃の子供たちの生い立ちと現在についてまとめた記事はこちら

オウム真理教 子供 現在

オウム真理教 4女 [子供]


今回はオウム真理教・麻原 彰晃(松本 智津夫)の4女についてまとめていこうと思います。


四女の名前は松本聡子さん。


あさはらむすめ.jpg


「私はなぜ麻原彰晃の娘に生まれてしまったのか」~地下鉄サリン事件から15年目の告白~


こちらの本の著者です。


この本の概要、麻原の子供というだけで壮絶な人生を送られた四女を含めた子供たち、
彼らがどのような差別を受け、どのような経験をしてきたのかはこちらの記事でまとめました。

オウム真理教 子供 現在


子供は親を選べないという言葉が身に染みる内容となっています。


子供には何の罪もないのに、世間の声は厳しいですね。


彼らはあくまでも被害者なのです。


普通の子供の用に学校に籍を置くことすら許されない、
学校に行ってもいじめられる、家すらまともに住めない。


これらの境遇は想像に余りあります…


ここからは四女の聡子さんが話したインタビューでの内容に触れていきます。


インタビューで四女の聡子さんが話した内容によると、
彼女がよそった給食だけ受け取ってもらえなかったり、
行事でクラス写真が掲示板に貼られていると、彼女の顔に穴があいていたり…


中学では男子からの暴力もうけたそうです。


毎日学校から帰るころにはあざだらけになっていたそうです。


そして、家周辺から通学路にまで「オウムは出ていけ!」
という看板がたくさん貼られていたそうです。


それから家出を試みるが、引き戻されたり、
母親が出所するも定職に就かず、信者からのお布施で生活をするなどしていて、
そういう家族の行動が嫌で何度も家出をしたそうです。


そして、嫌なことがあるたびに修行に没頭して現実逃避をしていたそうです。


その修行が具体的にどんな修行だったのかはわかりませんが、
修行中に父親の姿(幻覚)が見えるようになってきたそうです。


そして、幻覚の父が指示を出してくるようになりました。


あさ.jpg


その指示はすべて彼女の意志とは反するものでした。


幻覚とはわかっていながらも殴られれば本当に痛いし、あざもできるので、逆らいようがなかったそうです。


一種の洗脳か何かでしょうか?


もともと、麻原彰晃は4女からしてもさっきがあって怖かったそうです。


この現象は宗教的に言うと、「グルが見え出す」段階に入ったということのようで、
上祐史浩さんをはじめとした多くの信者から「尊師のいうことを聞いた方がいい」と言われたそうです。


幻覚の中の父親は「なんとかして教団の皆をまとめてほしい」と言っていたそうです。


そんななか、当時対立していた上祐氏、村岡氏の両側から「教団を手伝ってほしい」と言われていました。


結局、彼女はどちら側にも就かず身を引きました。


何より私が感動したのは、聡子さんは今までオウムのせいで人生をめちゃくちゃにされたにもかかわらず、
こんな考えを持っておられました。


彼女は脱退してから脱退した信者たちと関わっていたのですが、
心から脱退した信者は少なく、彼女とその信者たちは意見が対立していました。


彼女の意見としては働いてお金を稼いで自立して、オウム事件の被害者の方に賠償したいという考えだったのです。


彼女はいわば、被害者と言ってもいいし、
麻原彰晃から賠償される側と言ってもいいのです。


にもかかわらず、そんな言葉が出るなんて涙が出そうになりました。


もちろん、本心かどうかはわかりませんが、半分以上は本心だと思います。


死刑囚の父親を持つものとしてはおかしいかもしれませんが、
死刑制度には反対しておらず、「父は死刑になるしかない」と述べておられますから。


ここまでは彼女の苦悩に同情できるのですが、時折言っていることに矛盾がある発言もあります。


精神的な病と闘っているため、仕方のないことなのかもしれませんが、
ここまでは彼女は麻原を批判している発言をしていたのですが、
たまに麻原を崇拝する発言もしているのです。


これは多くのオウム信者、アレフ信者、そして一般人をも混乱させています。


彼女は家出したとき、江川紹子氏が彼女の未成年後見人となりました。


そこで、二人の当然の約束として
・教団の信者とは接触しない
・教団の活動をしない


この二つがありました。


しかし、江川紹子氏はこう話しています。


四女は私との約束を破り、元信者と接触し、
「私には尊師から(霊的に)コンタクトがあり、尊師の意思がわかる。私について来なさい」
と話し、麻原崇拝グループを作ろうとしていたのです。


これがいわゆる裏オウムグループですね。


四女から裏オウムグループの幹部の地位を与えられていた元女性信者A子さんは、
四女と同居していて、一つのことに気付きました。


これは「四女が江川さんを裏切っていることになるのでは?」と。


そこで、A子さんは上祐氏にこのことを相談します。


そして、上祐氏自身も人脈を使って四女が実際に裏オウムグループを作ろうとしていることを調べ上げました。


上祐氏が代表を務めている「ひかりの輪」の会員にも四女から勧誘を受けたものがいました。


そうして、上祐氏から江川さんの所へ連絡が来て、
江川さんが四女に問いただそうとすると、四女は何の弁明もせずに、 江川さんのもとから姿を消したのです。


後々、四女はこのことを認めています。


「父の支配から逃れられなかった」と。


麻原崇拝の事実を隠した結果、このような矛盾した事実が生まれたのです。


よって、最初に紹介した本「私はなぜ麻原彰晃の娘に生まれてしまったのか」~地下鉄サリン事件から15年目の告白~


こちらの信憑性は低いという意見もあります。


個人的にも確かに信憑性は低いと思えます。


矛盾がかなり多いですからね、


しかし、人間なので、常に正しく生きられるものではありません。


さらに言えば、こんな環境で育った四女が完全にまともな発言だけをして、
まともに生き続けられる方が不自然だと思います。


四女の不自然の発言には矛盾がありますが、「ある意味不自然な発言をすることこそ自然で、
仕方ない部分もあるのではないでしょうか?


最後に、
松本智津夫(麻原彰晃)の長男の現在とたどってきた人生、大学についてまとめた記事はこちら

オウム真理教・松本智津夫(麻原彰晃)の長男の大学はどこ!?


麻原逮捕後のオウム真理教の分裂と現在の名前、活動内容をまとめた記事はこちら

オウム真理教 現在 名前

オウム真理教・松本智津夫(麻原彰晃)の長男の大学はどこ!? [子供]


オウム真理教・松本智津夫(麻原彰晃)の長男の大学がどこなのか?
気になる方が多いようですね。


というわけで、今回はオウム真理教・松本智津夫(麻原彰晃)の長男の大学はどこ!?
と言う記事をまとめていこうと思います。


松本智津夫(麻原彰晃)死刑囚の子供たちの現在と、その壮絶な人生についてまとめた記事はこちら。

オウム真理教 子供 現在


オウム真理教の現在の名前とその活動状況についてまとめた記事はこちら

オウム真理教 現在 名前


まつ.jpeg


それでは、まずは長男の軽い紹介から入ろうと思います。


このブログではあくまでも麻原の子供たちは被害者だという僕の考えのもとで記事を書き進めますので、
それをわかっていただけたうえで記事を読み進めていただけると嬉しいです。


悪いのは麻原と事件に関与した教団の信者であり、子供に罪はないという考えです。


長男は1992年生まれ、日本シャンバラ化計画において皇子の称号を与えられました。


日本シャンバラ化計画とは、
麻原は、オウム真理教に基づく理想の国「シャンバラ」を築くことを目標に掲げており、
1987年7月にこの計画が発表されました。


計画の内容は、
「聖なる空間」を広げることによって「聖なる人々」を育み、日本を世界救済の拠点とし「世界シャンバラ化」をも目指すと謳われていた。


麻原自身は国家転覆を意図したものではないと主張しているが、
実際はそのような意図があったと考えられています。


わかりやすく言うと、テロリスト(オウム真理教)が国を乗っ取り、勝手に国家の樹立を宣言していたということなのです。


ほんの20年前の出来事とは思えないくらい恐ろしい出来事です。


少し話がそれましたね。


次に、長男は1996年(平成8年)6月に教団の教祖となりました。


そして、こちらの記事にも書きましたが、
オウム真理教 子供 現在


麻原の息子と言う理由で四女と次男同様に学校に籍を置くことが許されずに、
ほぼ学校には通っていなかったそうです。


提訴の結果、2001年から学校には通えることになりましたが、
マスコミが押し寄せて嫌な思いをしたそうです。


友達はできたようですね。


最近の長男の被害についても取り上げておきます。


つい2か月ほど前の10月、長男はオウム真理教の現在の主流派である「アレフ」を訴えています。


アレフは長男の誕生日に「生誕祭」などの行事を行い、長男の写真を無断で使用したりしたため、
長男は名誉棄損で東京地裁に訴えを起こしたのです。



自分の氏名、写真の使用禁止と4000万円の賠償請求をしています。


アレフは勧誘活動でも各地の大学に忍び込み、
名前を出さずにサークルのふりをして勧誘活動をするなど、かなり悪質ですからね。


親を選べないということは本当に悲しいことだと思います。


そして、本題の大学ですが、長男に関しては大学はおろか名前すら出てきませんね。


関西の大学に進学したと公安関係者が明かしていますが、
どこの大学かは不明です。


当然、写真や画像も出てきません。



オウム真理教 子供 現在 [子供]

今回は、オウム真理教の教祖・麻原彰晃(松本智津夫)の子供の現在についてまとめていこうと思います。


子供に罪は無いにもかかわらず、大犯罪者の子供として生まれてしまったばかりに、
普通では考えられないような環境で考えられないような境遇で育った子供たちの現在をまとめていきます。


麻原彰晃には12人の子供がいます。


そして、その子供たちがどのような人生を歩み、どのような経験をしてきたのか?


現在はどのように過ごしているのか?


これを知るにはこの本を読むのが一番早いと思います。


あさはらむすめ.jpg


「私はなぜ麻原彰晃の娘に生まれてしまったのか?」~地下鉄サリン事件から15年目の告白~
著者 松本恥香


彼女は松本智津夫の四女で、父親が逮捕されたときは5歳でした。


そして、事件のすべてをネットで知った16歳の頃に家出をしています。


この本が出版されたのは2010年で彼女は21歳の頃です。


この本は本当に悲しすぎる運命から逃れられない彼女の悲痛な叫びが伝わってくる本です。


周りからは教団の教祖の娘として甘やかされて育ったと思われていたが、
実際はかなり厳しく育てられたようで、
ヘッドギアを付けた修行や飲食などすべて教団の信者たちと同じような生活を送っていたそうです。


むしろ、父と母が逮捕されたことをきっかけに子供たちはのびのびとできるようになり、
両親に禁止されていたチョコレートを長女が買ってきてくれるとはしゃいで喜んだそうです。


ほんとうのところははしゃいでいないと両親が逮捕された悲しみに耐えられなかったのかもしれませんが…


何より嫌だったのはメディアの報道による周りからの差別だったそうです。


当たり前ですよね。


大犯罪者の子供と言うことで、家を借りることも難しく、
学校に通うことすらできない子供もいて、提訴によりようやく学校に通うことができるようになっても、
学校ではオウム真理教の子供といじめられ…


普通に生活することもできず、普通の子供がうらやましくて仕方なかったでしょうね。


悪の連鎖ですよね。


こうなってくるとすがるものは宗教しかないのではないかと思えてきます。


犯罪者の子供が犯罪を犯すケースが多いのは、
血筋ではなく、このようなメディア、マスコミによる報道が招く環境のせいだと思いますね。


こんな救われない環境に育ってしまっては生きていくことすら困難です。


子供のころから自分を偽って誰にも本当のことを打ち明けられずに生きていくことが
どれだけしんどいことか想像に余りあります。


実際、何度も自傷行為を繰り返したと本にも書かれていました。


そして、9年ぶりに父親に再会したのは次女と弟と面会に行った時のようです。


緊張でほとんど話ができず、父親の笑い声だけが時折響いていたそうです。


2回目の面会では父親は会話すらできない状況で、スースーと歯の間から音を出していただけだったそうです。


そして、これは有名な話ですが、3回目の面会で衝撃的な光景を彼女は目の当たりにしました。


父親がスウェットパンツの中から自分の性器を取出し娘の前でマスターベーションをしだしたのです。


看守の制止の声にも応じず、3回ほど繰り返したそうです。


詐病説も出ましたが、真実はわかりません。


何よりも子供たちの悲しみは計り知れませんね。


私が感じたのは子供に罪はないのだからどうか子供たちを差別する世間の声が減ってほしいということ。


麻原本人はどうしようもない犯罪者ですが、子供は何も知らなかったにもかかわらず、
勝手に世間から差別され続けているのです。


あってはいけないことではないでしょうか?


もちろん事件の被害者の方々の悲しみは忘れてはいけませんが、 その悲しみ、怒りは麻原本人と容疑者だけに向けるべきだと心底思います。


最後にオウム事件の動画を

オウム真理教 ~暴かれた王国の軌跡~1/4 1995年4月16日


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