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麻原彰晃 生い立ち [過去]


麻原彰晃の生い立ちについて気になる方が多いようですね。


というわけで、今回は麻原彰晃 生い立ちという記事をまとめていこうと思います。


まずは、彼のyoutube動画を紹介しておきます。

死刑宣告を受けた麻原彰晃の素顔



やはり麻原彰晃死刑囚の行動は常軌を逸していますね。


自分が殺そうとした人たちの名前が読み上げられている中で、
居眠りをするという…それも多くの人が見ている自分の裁判中に。


考えられないことですよね。


ふてぶてしいとかそういう問題がない気がします…


それでは、麻原彰晃(松本 智津夫)の生い立ちについてまとめていこうと思追います。


麻原死刑囚は1955年3月2日、熊本県八代市高植本町で生まれました。


6男3女の9人兄弟の第7子として生まれ、先天性緑内障でした。


左目がほとんど見えず、右目の視力も悪かったそうです。


両親は働きづめで兄や姉を親代わりとして育ったそうです。


八代市立金剛小学校に入学はしたが、視覚障害者であることを理由に熊本県立盲学校に転校します。


しかし、このことを彼はとても嫌がりました。


全盲の兄とは異なり目が見えたのに、学費も寄宿舎代も食費も不要な盲学校へ入れられたことを親に捨てられたと感じて泣いて嫌がったそうです。


そして、この学校で彼はオウム真理教で見せていたような強い権力欲を見せていました。


他の子は目が見えないが、彼は目が見えるため他の子供たちを子分扱いして、暴力で支配していました。


食事をおごらせたり、ほしいものを買わせたり、窃盗を命じたりしていたそうです。


こうして巻き上げたお金で卒業するまでに300万円を貯金していたそうです。


お金への執着心もこのころからだったんですね…


部活動は柔道に打ち込んでいて、小学校時代は児童会長、中学校、高校時代は生徒会長に立候補しているが、すべて落選しています。


これらは第39回衆議院議員総選挙に立候補したが、オウム真理党のメンバーは全員落選したことに被りますね。


しかし、すごい一面も見られます。


1975年1月に盲学校の生徒としては異例の柔道二段を取得しています。


この高校時代から「東京大学法学部卒の政治家となりゆくゆくは内閣総理大臣の座に就くこと」を志すようになりました。


しかし、東大には落ちています。


事件関連では、1976年に兄の店の元従業員が兄を侮辱したため、
頭部を殴打し負傷させて八代簡易裁判所にて1万5千円の罰金刑を受けています。


そして、東大を諦めてからヨガや仙道の修業を始めています。


そして、1978年に東大受験のために通っていた予備校・代々木ゼミナール渋谷校で知り合った松本知子(旧姓石井)と結婚しています。


その後、千葉で「松本鍼灸院」を開院したが、同年に廃して、
診察室兼漢方薬局の「亜細亜堂」を開業しています。


ここで2度目の事件が発覚。


1980年に保険料の不正請求が発覚し、670万円の返還を要求されています。


そして、25歳で新興宗教団体阿含宗に入信し、3年ほど在籍します。


その後、1981年に健康薬品販売店「BMA薬局」を開局しましたが、
無許可の医薬品を製造販売したため薬事法違反で逮捕され20万円の罰金刑を受けます。


このころから、知人などに「もっとも儲かるビジネスを知っているか?それは宗教だよ」と言っていたそうです。


そして、1983年宗教サークル『オウム神仙の会』を開き、麻原彰晃を名乗りだしました。


生い立ちの概要はこんな感じです。


あさはら.jpg


では、なぜ、麻原死刑囚がこのような人生を送ることになったのか、
ここまでの死者、負傷者、被害者を生み出した事件を起こすことになったのか、
という深い部分に触れていこうと思います。


それはやはり子供時代の極貧生活の経験があったことが強いと思われます。


先ほども貧しい生活を送っていたと書きましたが、
これがかなりの極貧生活で、
在日朝鮮人である父親は畳職人をしていたが、家は貧しく、
にもかかわらず、子供は9人いました。


家は傾きかけている掘っ立て小屋のようなもので、
生のさつまいもをかじっている子供たちの姿を近隣住民はよく見かけたそうです。


時代としては高度経済成長で人々の生活は豊かになっていっている最中だったのですが、
松本家は完全に取り残されていたそうです。


さらにいうと、親からの愛情不足というモノもあったのだろうと思います。


先ほども寄宿舎制盲学校に預けられたことで、親に捨てられたと感じたと書いていますが、
さらに親からの愛情不足を裏付ける出来事としては、
盲学校での13年間、両親が面会に来てくれたことは一度もなかったそうです。


ちなみに、寮母さんからの話では、
あまりにもしつけがされておらず、「猿の子供のようだった」と話しています。


親なし子のように見えたとのコメントもありました。


このような生い立ちは麻原彰晃に人間性を形成した一部であることは間違いないでしょうね…



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タグ:麻原彰晃
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